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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

「その話はもう無用だ」

「私はすっかり聞いて頂きたいのです」

「いやその必要はない、話して肩の荷をおろしたいということかもしれないが、その荷をおろすことはできない、それは西沢が一生背負うべきものだし、一生背負いとおす責任があることもわかっている筈だ」

「では、聞いて下さらないのですか」

隼人は立ってゆき、戸納の手文庫の中から、兄の手紙を出して来て、西沢半四郎の前へ押しやった。

「聞く必要のないことは、その手紙を読めばわかる」と隼人は云った、「江戸で兄から貰った手紙だ、読んでくれ」

西沢半四郎はすぐには手を出さなかった。なにが書いてあるかということがわかるからであろう、膝をみつめたまま、やや暫く息をひそめてい、やがて心をきめたように、その手紙を取りあげた。まるで灼熱した鉄でもつかむような手つきであった。

――兄上、どうか彼をごらんになっていて下さい。

隼人は心の中でそう云いながら、西沢のようすを見まもっていた。自分が見るのではなく、自分の眼をとおして兄が見ているようなおもいで、――初め、西沢半四郎の顔には苦悶の表情があらわれた。ついでそれは血のけを失って硬ばり、頬のあたりがひきつった。