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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
隼人は頭上に気をくばりながら、眼をそばめてそこを眺めやった。道から約二十尺ほど高い崖の一部に深い裂けめがあり、ちょうど凹の字のような形をしていて、人間ひとりなら楽にはいれるほどの幅があった。
「よし」隼人は松木に向って手を振った、「もう大丈夫だ」
松木久之助がこっちへ来るあいだ、隼人はその裂けめを見まもっていたが、人の姿はもちろん、物の動くけはいも認められなかった。松木は昂奮していた。自分の推測したことがそんなにもすばやく、眼の前で実証されたことに吃驚もし、また自慢でもあったらしい。だが隼人は固く口止めをした。
「少し考えることがあるから、いまの出来事は黙っていてくれ」と隼人は云った、「誰にも話してはいけない、わかったな」
松木久之助は黙っていると誓った。
「あの崖の上はどこへ通じているのか」
「大仏岳の尾根続きです」と松木が答えた、「如来ノ峰のちょっと手前を、左へ曲って来るとあの上へ出るんです、この道よりも半分くらい近いんですが、尾根ですから風も強いし、雪になると歩けないので、御用林の道はこっちへ作ったのだそうです」
隼人は暫く歩いてから云った、「こんな話をしたことも黙っていてくれ」