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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

それは人間の叫びや悲鳴とはまったく違って、野獣の咆哮そのもののように聞えた。

「もういい」隼人は足軽に向って云った、「その提灯をこっちへよこして、おまえたちは長屋へ戻れ」

足軽の一人が近よって来、雨用の笠のある提灯を渡し、二人とも長屋のほうへ去っていった。かれらは口もきかず、隼人の顔も見なかった。ぶすっとして去ってゆく二人の姿には、不満と怒りがあらわれているようであった。

――むずかしいものだな。

隼人はかれらを見送りながら太息をつき、それから女たちのほうへ歩みよった。

「こんなことをしてはいけないと禁じてある筈だ」と隼人は静かに云った、「三人ともうちへ帰れ、もう木戸の者は決して出て来はしない、雨の中でまごまごしていると風邪をひくぞ」

膝を突いた女は、同じ動作を繰り返しながら、けもののように咆えてい、他の二人は隼人に挑みかかった。声をひそめるかと思うと喚き、笑い声が泣き声になり、耳を掩いたくなるほどあけすけなことを、身ぶり手まねで誇張しながら、飽きるようすもなく叫び続けた。――隼人は圧倒された。それはもう色情などというものではない、もっと根本的で、はかりがたく強大な、そして超自然ななにかの力がはたらいているようだ。