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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

隼人は静かに顔をあげた、「おれはいつか根岸伊平次に、兄の口まねをしてこう云ったことがある、――人間のしたことは善悪にかかわらず、たいていいつかはあらわれるものだ、世の中のことはながい眼で見ていると、ふしぎなくらい公平に配分が保たれてゆくようだ――」

帯刀は太い息を吐き、あぐらに坐り直して、脛をぼりぼりと掻いた。

「では、――」と帯刀は云った、「このままなにもするなと云うのか」

「その男を罪死させるか、侍らしく立ち直らせるかとなれば、兄は必ず後者を選ぶだろう」

「隼人自身はどう思うんだ」

「こんどの事についてはおれの考えはない、兄ならこうするだろうと思えるようにやってゆくだけだ」

帯刀はじっと隼人の顔を見まもった。

――人間はこんなにも変ることのできるものか。

帯刀の眼は感嘆の色を湛えた。江戸から帰って以来、隼人は顔つきから人を見る眼色まで変った。暴れ者で一徹で、こらえ性のなかった彼が、兄を殺した相手をゆるし、不当な譴責を忍び、そして流人村の住民を救おうとしている。――いったいどういう機縁でこんなに変ったのか、死んだ織部どののためか、それとも織部どの同様、もともと彼にもそういう性質があったのか。