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ばちあたり
ばちあたり
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页
てきた甲斐があったっていうんですよ」
「言葉は違うけれどかあさんはこう云いましたよ」と敏夫は云いかけて、首を振った、「いや、よしましょう、人間を実験動物のようにしかみない兄さんにはわかりゃあしない、一と言だけ云えば、かあさんはあんたたちに顔を見られるのがいやだったということです」
「おれは人間を実験動物のようにみたことはないよ」
「断わっておきますがね」敏夫は歩きだしながら云った、「ぼくは死んだおやじの子ですよ、それだけはかあさんの名誉のために覚えておいてもらいますよ」
私は頭を垂れて、敏夫のあとから歩いていった。
――おれは母を実験動物のようにみたことはない。
あのノートはまったく客観的に書いたものだ。中川という男と母のあいだに、なにかがあるという直感。それが敏夫の出生とむすびついているという事実。これは事実であって空想ではない。繰り返すようだが、私には母を咎めるような気持は少しもなかった。むしろ、と思って私は唇を噛んだ。
――面白かったからか、好奇心か。
敏夫の云った言葉が、まるで審判者の声のように、するどく耳の奥で聞えたからだ。私は急に足が重くなったように感じ、雪泥の道を拾ってゆくことも忘れて、幾たびかぬかるみへ踏みこんだ。