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ひとでなし

ひとでなし

山本 周五郎

「講談倶楽部」1958(昭和33)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,484 字 · 38 页

青空文庫

あとで、あたしひと晩じゅう泣きあかしたのよ、可哀そうな人、可哀そうな人って」

康二郎がなにか聞きつけたようすで、立ちあがって茶の間を覗き、障子を閉めて戻ると、おようの手から燗徳利を取りあげた。

「もうよせ、話もたくさんだ」

「ええよします、話もやめます」とおようは眼を据えて云った、「その代りあなたも帰って下さい、あたしは津ノ正の奥に坐れるような女じゃあありません」

「その話はまたにしよう、床をとってやるから寝るほうがいい」

「帰って下さい」とおようはひそめた声で叫んだ、「資産があって旦那旦那とたてられて、どこに一つ非の打ちどころもない人には、泥まみれ傷だらけになった人間の気持はわかりゃしません、あたしのこの躯にも、あの人でなしの泥や傷が残っているんだから、津ノ正のごしんぞだなんてとんでもない、あたしはお断わり申しますよ」

「わかったよ、そのことは明日また話そう、いま床をとるから横におなり」

おようは激しく首を振った、「お願いだから帰って下さい、あたしが悪口を云いださないうちに帰ってください」

「だっておまえ、そんなに酔っているものを」

「帰って下さいな」