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オペラのつじ

オペラの辻

岡本 かの子

「婦人サロン」1932(昭和7)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,858 字 · 8 页

青空文庫

「まず、茲で往来の人を見なさい。それからご飯にしよう、ね」

こどもはこんなにも巴里に馴れて来たのかとあきれたような心嬉しさだった。

一年の間によくもこんなにフランス語がはなせるようになった。苦労の嫌いな子が嫌いな苦労ばかりして覚えたものとは思われない。好きなればこそ巴里に沁みつく子どもの心に語学もひとりでに沁みついたのだろう。初めはちっといやみを感じたフランス風の会話にともなう肩の上げ下し手の開き具合いも我が子なればこそあきれた心嬉しさの哀感に変って行く。私は何だかおずおずとして仕舞うのであった。

「どうしたの、おかあさん。相変らず、こどもだなあ」

とこどもは私の肩へ手をかけた。

わたしはこどもから、こどもだといつもいわれる。女なのだ。何もかも生理的にさえまだ出来上っていないかと思われる未熟な女なのだ。それだのに、どうして時には私の兄のようにさえ振舞うこの子への「母のなげき」だけが斯う完全に発達しているのだろう。何かこの子に対する常の歎きが心にたっぷり根を張っているのだ。愛のなげきは不思議なものだ。この子がいとしいと云ってはなげくのだ。この子が憎いという時にはなげき、この子が賢いと嬉んでもなげかれる、この子が愚しく見えても歎かれる。