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バルザックにたいするひょうか
バルザックに対する評価
宮本 百合子
「文学古典の再認識」芸術遺産研究会編、現代文化社、1935(昭和10)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,904 字 · 62 页
を守る俗人生活にくくりつけられた。オノレ・ド・バルザックはパリの屋根裏から昂然と太い頸をもたげ、南方フランス人の快活さ、自信、加うるにブルジョア勃興期の特質をまぎれもなく自身の血の中に具えて、「名声」と「富」とを勝利の花飾りとして情熱的に夢見つつ、文学の仕事にとり組みはじめたのである。
二十歳のバルザックはレディギュール通りの屋根裏で、ストーブもたけず、父親の古外套で慄える体をくるみながら、ひどい勢で先ず幾つかの喜歌劇を書いた。喜劇「二人の哲学者」というのも書いた。けれども、その時分は、ただ筆蹟がきれいだということ位しか認められていなかった彼の喜劇はどうも思うようではなく、つづけて二つ小説を考えたが、それは題だけは出来てものにならなかった。
「ああロオル、ロオル!」と彼はその頃書いた妹への手紙で訴えている。「僕には二つだけ望があるのだが、その望みの大きいことはどうだろう。有名になって愛されること。この僕の望みは果して叶うだろうか。」
二十二の年に悲劇「クロンウェル」が書き上った時、バルザックはこれこそ「民衆と諸王との祈祷書」になり得る作品であると信じ、両親や友達を集め、朗読会を催した。