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マクシム・ゴーリキイのひとおよびげいじゅつ
マクシム・ゴーリキイの人及び芸術
宮本 百合子
「婦人公論」1933(昭和8)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,075 字 · 30 页
カザン大学正課にはないゴーリキイの「私の大学」時代がはじまったのである。
ゴーリキイは、淫売婦や貧しい大学生、人生での敗残者などがごたごた棲んでいるカザンの貧民窟の一隅に、急進的な一人の学生と暮した。そこにはたった一つの寝台があるだけであった。学生とゴーリキイとは夜昼交代にそこへ寝て、ゴーリキイはヴォルガ河の波止場の人足をやって十五カペイキ、二十カペイキと稼ぐ。――ロシア人はヴォルガ河を「母なるヴォルガ」と呼んで愛するが、ゴーリキイの半生のさまざまな場面は洋々としたヴォルガの広い流れと共に動いている。冬になって河が氷結すると、ゴーリキイは波止場仕事を失って、或るパン焼工場へ入った。
そこは月三ルーブリで十四時間の労働である。体も辛かった。更に精神的には、ゴーリキイにとって最も苦しい時代の一つであった。何故ならこの時代、ゴーリキイは近づき始めた新しい世界から再び切りはなされてしまったのである。
カザンに来てからゴーリキイは数人の急進的インテリゲンツィアと知り合いになって、時々その研究会などへも出るようになっていた。長時間ぶっつづけの討論は時に彼を苦しめ、またこれらの「人民主義」