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マルクスしゅぎとゆいぶつろん
マルクス主義と唯物論
三木 清
「思想」1927(昭和2)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,739 字 · 43 页
その活動において相互の間に作用し合う限り、我は汝となり、汝は我となる。私は私に対しては我であり、同時に他の人に対しては汝である。私は主観であるとともに客観である。それ故にフォイエルバッハの次の言葉は正しい、「現実的な我はただそれに汝が対立するところの我であり、そしてこの者自身は他の我に対しては汝であり、客観である。しかるに観念的な我にとっては、客観一般が存在しないように、いかなる汝もまた存在しない*。」我と汝との統一として人間の現実性は初めて成立する。人間はひとつの綜合的概念である。「私はただ主観―客観(Sabjekt-Objekt)としてあり、思惟し、否、感覚する**。」しかしながらこのとき、主客の綜合、もしくは統一(Einheit)というのは、両者の同一(Identit※(ダイエレシス付きA小文字)t)と直接には等しくないのである。ロマンティクのいわゆる同一哲学諸体系(Identit※(ダイエレシス付きA小文字)tssysteme)は主観と客観との絶対的な同一性を主張した。これに反して、我々にとって我と汝、主観と客観はどこまでも互に相異なる他の存在である、――もしそうでないならば相互の間の実践的交渉は不可能であろう、――そしてあたかもその理由によって人間は、社会的存在として、主客の綜合である。