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マルクスしゅぎとゆいぶつろん

マルクス主義と唯物論

三木 清

「思想」1927(昭和2)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,739 字 · 43 页

青空文庫

現実のどれでもの存在が凡庸性ということによって意味される。アリストテレスのいうτ※ ※καστονとはかかる性格における存在であって、多くの場合考えられているように個別的なるものの謂ではない。言葉が最初には実践的性質のものであり、そしてこの実践が本質的には社会的性質のものであるところに、存在の凡庸性はその根源をもっている。このとき存在はもちろん交渉的存在である。前段で述べた、「意識―主観」の形式にあってはそれに対するものは客観または対象としての存在であるが、これに反して「言葉―我々」の形式においてそれに対するものは交渉的存在であるのほかない。それ故にギリシア人は物をπρ※γμαという語で表わした。ところで存在の凡庸性において意識の埋没の行なわれることはもとより明らかであろう。我々が存在に対して懐く愛も憎しみも、主観的なるもの、内面的なるものの一切はそこでは埋没してしまい、したがって存在の主観的なる、内面的なる規定はそこでは隠され蔽われてしまう。けれどもかくして失われるものに比して得られるものは一層大であるであろう。人間の社会的なる、実践的なる規定はそこにおいて発揮され、満足させられることが出来るのである。