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さんねんめ

三年目

山本 周五郎

「雄弁」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,214 字 · 22 页

青空文庫

……どんなことがあっても大切に預かっている、そう云ったときの、いかにも実意のありそうな泣き笑いが、友吉にはいま却って嘲弄するように思い出されてきた。

――畜生、あの顔で騙しゃがったか。

雨の街へ出たとき、友吉の心はもうずたずたになっていた。そして、四五間行った町並に古道具屋があるのをみつけると、ふらふらと店へ入って匕首を一本買った。

「……中川の水門が壊れたそうだぜ」

「もういけねえ、洲崎の波除けも崩れて、入舟町あたりは水が床へついたそうだ」

道を行く人声はさっきから物々しくざわついていた。その付近も低いところには水が来ていた……暮れがたの鈍い光をうつして、どこからどう押して来るとも知れず、じりじりと、眼に見えぬ速度で、次第に盛上っていく水の姿は、まるで生物のような根強い力を持っていた。

荷車へ家財道具を積んで逃げる者が幾組も通った、大きな包みを背負って女房子を急きたてて行く者もあった。また一方では、

「大丈夫だ、安永の水のときもここは浸からなかったんだ、今は上げ潮だからこんなだが、見ていねえ、もう一刻もすれば退いちまうに定ってるから」

そう云って、気早に逃げだすのを嗤っている人々もある、古くから住んでいる人たちはみなその組だった。