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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

在线阅读風巻 景次郎《中世の文学伝統(ちゅうせいのぶんがくでんとう)》,假名注音日语阅读。JLPT N2,点词查义。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 115,977 字 · 230 页

青空文庫

永享十一年六月二十七日全部の功を終えた。前に触れたように、二条流の末輩は正徹を敵視していて、彼の歌は一首もこの集に入れられずして終った。

尭孝は正徹より一年早く長禄元年に寂した。年六十七。『尭孝法印集』『尭孝法印日記』『伊勢紀行』等がある。

二条流の歌学が一般に認められていても、いざ勅撰となれば、その道の宗匠というだけでは駄目である。勅命を蒙るにふさわしい家柄でなければならぬ。そこで、今さらのように飛鳥井家が仰せを拝したのであるが、これが今さらのように見えるほどに、歌壇の大立物の居り場所が、宮廷貴紳の間から外へずれて来ているのであった。天台宗の法印権大僧都ではあっても、尭孝では当の撰者にはなれない。これはおそらく勅撰集は僧侶の手によって編まれないという習慣法からであろう。したがって冷泉・京極流に撰集の沙汰があっても、正徹は撰者にはなれぬ。それに正徹では、位階もない。その点からもまるで問題ではない。ところでこの二人をぬきにした歌壇を考えると、全く飛鳥井家でも起用するほかなかったことが一層はっきりとわかるのである。歌壇の中味も変ったのである。

さて、了俊・正徹と尭孝との対立はどこにあったかというに、これはやはり為世と為兼・為相との対立の尾を引いたものであった。