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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

「若殿様! 栄三郎さまッ! お艶が参っております! どうぞしっかりあそばして」

近いところからこの声が。

もとより心の迷い、いたずらなから耳――と思った栄三郎だったが、これがかれを渾身からふるいたたせて、つぎの刹那、うなりを生じた武蔵太郎安国、左膳の前額を望んで奔駆していた。

が、余人ではない。左膳だ。

払うどころか、躍動する刀影を眼前に、さッと乾雲の手もとがおのが胴へ引いたと見るや、上身をそらせて栄三郎の鋭鋒を避けながら、右下からはすに、乾雲、鍔まで栄三郎を串刺しに。

と見えたが……。

虚を斬りさげた武蔵太郎の柄におさえられて、乾雲のさきにいささかの血が走ったのは、余勢、栄三郎の手の甲をかすったのだ。

「うぬッ!」

と歯を噛む音が左膳の口を洩れる。そこを! 体押しにかかった栄三郎、満身の力をこめて突き離そうとしたが、磐石の左膳、大地に根が生えたように動かない。

両方からひしッ! と合して、人の字形に静止――つばぜりあいだ。

近ぢかと寄った乾雲坤竜。

吐く息がもつれて敵意の炎と燃えあがるのを、並木のかげから二つの顔がのぞいていた。

雨をはらんだ夜空は低かった。