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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

障子へ墨で書いたように、はっきりと写っていたふたつの人かげ。

男と女である。

夜更けのあたりをはばかってか。声は聞こえない。が、男が無体をいって女を追いまわしているらしく帯のゆるんだ、しどけない姿の女の影が、右へ左へ、裾を乱して逃げかわすありさまが、影絵のように手にとるごとく見えるのだ。

となりの広間には、痩身左腕の剣舞が今や高潮……。

そのためこの一座は次の部屋のさわぎに気がつかないとみえて、それをもっけの幸いに男の影はますます女の影へ迫る。

肩に手がかかる。かいくぐる。うしろから抱きすくめようとする。かがんでそらす――影と影とが、付いては離れはなれては付きしてさながら鬼ごっこ――。

二階真下の往来に立つ栄三郎と泰軒、黙然と、二間つづきの障子におどるそれぞれの影法師を見あげていると、弥生と豆太郎も、遠くから、この二人と階上の影とに眼を離さない。

隣室には鬼どもが……と思うと、お艶の夢八、声をたてることはできるだけ控えたかった。

しかし! 気はあせる。

どうかして今宵の乾雲の秘密を瓦町へ未然にしらせなくては!

と気が気ではないが、この場合、猛りたっている鍛冶屋をなだめすかしておいて、そのまに身を抜いて浅草へ走るのが、唯一の道であると彼女は考えているのだった。