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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

この夜更けに庭からの訪客はなるほど蒲生泰軒をおいてあり得なかった。

泥足のまま臆するところもなく自ら先に立って室内へ通った泰軒居士、いきなり腰をおろしながらひょいと忠相の書見台をのぞいて、

「なんだ? なにを読みおる? うむ、旱雲賦か。賈誼の詩だな――はるかに白雲の蓬勃たるを望めば……か、あははははは」

とこの豁達な笑いに忠相もくわわって、ともに語るにたる親交の醍醐味が、一つにもつれてけむりのように立ちこめる。

裾をたたいて着座した南町奉行大岡越前守忠相。

野飼いの奇傑蒲生泰軒は、その面前にどっかと大あぐらを組むと、ぐいと手を伸ばして取った脇息を垢じみた腋の下へかいこんで、

「楽だ」

光沢のいい忠相の豊頬にほほえみがみなぎる。

「しばらくであったな」

「まったくひさしぶりだ」

で、またぽつんと主客眼を見合って笑っている。多く言うを要しない知己の快さが、胸から胸へと靉靆としてただよう。

夜風にそっと気がついて、忠相は立って行って縁の障子をしめた。帰りがけに泰軒のうしろをまわりながら、

「痩せたな、すこし」

「俺か……」と泰軒は首すじをなで、「何分餌がようないでな、はははは。