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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

ひやひやになった伸子の手のさきをとって、

「さ、ぶこ、御飯にしよう」

素子が、励ますように、こわい声を出した。

「だらしないじゃないか――そんなに動顛するなんて……」

単純に動顛ということをいうなら、伸子は六七年前に武島裕吉が軽井沢の別荘で女の人と縊死した事件を知ったときの方が動顛した。動顛して、いく度か感歎詞をもらしたし、その葬儀のとき、焼香をしながら涙をこぼし、格式だかい遺族の人々の注目の前に自分を恥かしく感じたりした。動顛というよりもっと複雑なもの、もっと自分の精神にきりこんで来て、何か解答を迫る強烈な衝撃が、この相川良之介の死にある。伸子がしびれたような唇になっているのもそのためであった。

味覚のなくなった舌で食事を終った。素子が、また新聞をとりあげた。そして、「さぞ、楢崎さん夫婦もびっくりしていることだろう」といった。楢崎佐保子のところで、伸子は偶然素子に会ったのだった。「青鞜」のころから作品をかいているこの婦人作家は、良人の専攻であるイギリス文学の系統に立っていて、無産派の文学という問題がおこったころ、謡曲の「邯鄲」から取材した小説をかいたりしていた。