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ふたつのみち
二つの途
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页
或いは戦いの、或いは屈服の、或いは苦しい情熱の、時折の閃めきが、二人の視線の中に織り込まれていた。然し間もなく、木下が室から出てゆくか、信子が座を外すかした。啓介は苛ら立ってくる自分の心をじっと押えた。
木下が室から出て行くと、信子は啓介の枕頭に寄って来た。そして氷嚢に手をあててみたり、気分はどうかと尋ねたりした。彼は「いい。」と答えた。彼女は床の間から鋏を取って、口拭きの紙を切った。その不真実な行為に、啓介は顔を渋めた。
「うるさい。後にしてくれ。」と彼は云った。
「はい。」と信子は取澄した返事をして、向うに身を退った。
啓介はじっとしていた。信子は黙っていた。そしてその沈黙が、やがて啓介には堪らない圧迫となってきた。信子は火鉢によりかかるようにして、畳の上に視線を落していた。石膏像のような冷たい横顔を彼の方に向けて、いつまでも身動きさえしなかった。
啓介は荒々しく寝返りをした。そして待った。氷嚢を額から外した。そして待った。紙を取って口を拭き、それを枕頭に投り出した。そして待った。再び寝返りをした。そして待った。わざと蒲団から手を長く出してみた。