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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

」

「いや別に……。」

木下は言葉を濁して、火鉢の中を覗き込んだ。そして火箸の先で炭火をいじくり初めた。

「そうだ、はっきり形になって現われないうちは、頭の中に芽んできたことは余り人に云いたくないものだ。」

その言葉は、抽象的の意味でなしにじかに木下の胸を打った。彼は眼を挙げて啓介を眺め、次に信子の方を顧みた。啓介の鋭い眼付と信子の黙々たる姿とは、彼の視線を順次にはね返した。彼は眼のやり場に困って、また火鉢の中を覗き込んだ。

啓介は快い興奮と暗い不安とを同時に感じた。彼は自分の言葉が如何によく木下の心に響くかを見た、然しその響き方の底に一種の惑乱があるのを見た。彼は二つの感じの間に迷った。それをまぎらすためにこう云った。

「君、煙草を吸ってもいいよ。」

「まだ障るよ。」

「いや大丈夫だ、少し位なら。」

然し木下は煙草を取出さなかった。そして次の室で吸って来ると云って、室を出て行った。

啓介は吸入をしなければならなかった。

吸入が済んで、ずっと快い気分になって、長々と手足を伸した後も、まだ木下は戻って来なかった。彼はそれが気になり出した。呼んで来るように信子に云った。