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ふたつのみち
二つの途
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页
まわりには激しい旋風が荒れ狂っていた。啓介は落付いた心で眺めやった。それは既に過ぎ去った暴風雨であった。暴風雨の後姿から受けるような、深い底知れぬ静安の気が彼の心に泌み込んできた。もはや何にも云うべき言葉が残っていなかった。――木下も黙っていた。
暫くして、木下は突然顔を上げた。
「信子さん、新聞がきていましたか。」と彼は云った。
「はい。」
「済みませんが持って来て頂けませんか。」
「此処へ!」
「ええ。」
暴力とも云えるようなものが、木下の言葉や顔付に籠っていた。……信子は立ち上った。そして新聞を持って来た。
木下は其処に寝そべって、新聞を開いた。啓介は静に寝ていた。木下は新聞の上に眼を落した。然し別に読んでるのでもなかった。啓介は静に寝ていた。木下は手荒く新聞を裏返した。暫くすると、またあちらこちら引っくり返した。啓介は静に寝ていた。木下は新聞を折り畳んだ。それからまた拡げた。啓介は静に寝ていた。
「君、」と木下は云った、「退屈だろう。新聞でも読んであげようか。」
「いや、あり難う。」と啓介は答えた。
「勿論この調子でゆけば、自分で新聞を読める位にはすぐになるだろうがね。