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ひとのかお

人の顔

夢野 久作

「新青年」1928(昭和3)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,908 字 · 12 页

青空文庫

五

チエ子の赤い羽根のやつを……。あれは俺が倫敦で買ったのじゃが、日本に持って来ると五十両以上するシロモノだ。ここいらの家の児であんなのを着とるのはなかろう……ウンないじゃろう。ない筈だ。ウン……。あれを着せて二人で行って来るからナ……貴様は頭痛がするんなら先に寝とれ……座敷に瓦斯ストーブを入れてナ……ハハ久し振りに川の字か。ハハン……しかし要心せんといかん……」

「それほどでもないんですけれど、永いこと丸髷に結わなかったせいかもしれません」

と母親は、お茶をさしながら甘えるような、悄気た声で云った。

「イヤ……いかんいかん。そんな事を云って無理をしちゃいかん。今年は上海のチブスがひどいからな。……ナニ俺か。俺は大丈夫だ。この上からマントを着てゆく。帽子は鳥打がええ。ウン。それからトランクの隅にポケットウイスキーがあるから、マントのポケットに入れとけ……日本は寒いからナ……ハハハハハ」

五

活動を見ながらウイスキーをチビリチビリやっていた父親は、いよいよいい機嫌になって帰りかけた。

四谷見付で電車を降りると、太い濁った声で、何か鼻唄を歌い歌い、チエ子と後になり先になりして来たが、やがて嫩葉女学校の横の暗いところに這入ると、ちょうど去年の秋に、母親と立ち止まったあたりで、チエ子は又ピッタリと立ち止まった。