轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
何よりも自分の身体に関する恐怖を遠ざけねばならぬ。恐怖は効果のない動揺を生ずるだけであり、そして思案はつねに恐怖を増すであろう。ひとは自分が破滅したと考えるようになる、ところが一旦何か緊急の用事が出来ると、彼は自分の生命が完全であるのを見出すといった例は多い。
自然に従えというのが健康法の公理である。必要なのは、この言葉の意味を形而上学的な深みにおいて理解することである。さしあたりこの自然は一般的なものでなくて個別的なもの、また自己形成的なものである。自然に従うというのは自然を模倣するということである。――模倣の思想は近代的な発明の思想とは異っている。――その利益は、無用の不安を除いて安心を与えるという道徳的効果にある。
健康は物の形というように直観的具体的なものである。
近代医学が発達した後においても、健康の問題は究極において自然形而上学の問題である。そこに何か変化がなければならぬとすれば、その形而上学が新しいものにならねばならぬというだけである。医者の不養生という諺は、養生については、医者にも形而上学が必要であることを示すものにほかならぬ。
客観的なものは健康であり、主観的なものは病的である。