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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
お熊が言ッた通り、平田も今夜はもう去るんだと見えるな。座敷が明いたら入れてくれるか知らん。いい、そんなことはどうでもいい。座敷なんかどうでもいいんだ。ちょいとでも一しょに寝て、今夜ッきり来ないことを一言断りゃいいんだ。もう今夜ッきりきッと来ない。来ようと思ッたッて来られないのだ。まだ去らないのかなア。もう帰りそうなものだ。大分手間が取れるようだ。本統に帰るのか知らん。去らなきゃ去らないでもいい。情夫だとか何だとか言ッて騒いでやアがるんだから、どうせ去りゃしまいよ。去らなきゃそれでいいから、顔だけでもいいから、ちょいとでもいいから……。今夜ッきりだ。もう来られないのだ。明日はどうなるんだか、まア分ッてるようでも……。自分ながら分らないんだ。ああ……」
方角も吉里の室、距離もそのくらいのところに上草履の音が発ッて、「平田さん、お待ちなさいよ」と、お梅の声で呼びかけて追いかける様子である。その後から二三人の足音が同じ方角へ歩み出した。
「や、去るな。いよいよ去るな」と、善吉は撥ね起きて障子を開けようとして、「またお梅にでもめッけられちゃア外見が悪いな」と、障子の破隙からしばらく覗いて、にッこりしながらまた夜具の中に潜り込んだ。