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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

と、善吉は話すうちにたえず涙を拭いて、打ち出した心には何の見得もないらしかッた。

吉里は平田と善吉のことが、別々に考えられたり、混和ッて考えられたりする。もう平田に会えないと考えると心細さはひとしおである。平田がよんどころない事情とは言いながら、何とか自分をしてくれる気があッたら、何とかしてくれることが出来たりそうなものとも考える傍から、善吉の今の境界が、いかにも哀れに気の毒に考えられる。それも自分ゆえであると、善吉の真情が恐ろしいほど身に染む傍から、平田が恋しくて恋しくてたまらなくなッて来る。善吉も今日ッきり来ないものであると聞いては、これほど実情のある人を、何であんなに冷遇くしたろう、実に悪いことをしたと、大罪を犯したような気がする。善吉の女房の可哀そうなのが身につまされて、平田に捨てられた自分のはかなさもまたひとしおになッて来る。それで、たまらなく平田が恋しくなッて、善吉が気の毒になッて、心細くなッて、自分がはかなまれて沈んで行くように頭がしんとなって、耳には善吉の言葉が一々よく聞え、善吉の泣いているのもよく見え、たまらなく悲しくなッて来て、ついに泣き出さずにはいられなかッた。