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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
隙を見損なッて、覚えず今吉里へ顔を見合わせると、涙一杯の眼で怨めしそうに自分を見つめていたので、はッと思いながら外し損ない、同じくじッと見つめた。吉里の眼にはらはらと涙が零れると、平田はたまらなくなッてうつむいて、深く息を吐いて涙ぐんだ。
西宮は二人の様子に口の出し端を失い、酒はなし所在はなし、またもや次の間へ声をかけた。
「おい、まだかい」
「ああやッと出来ましたよ」と、小万は燗瓶を鉄瓶から出しながら、「そんなわけなんだからね。いいかね、お熊どん。私がまた後でよく言うからね、今晩はわがままを言わせておいておくれ」
「どうかねえ。お頼み申しますよ」と、お熊は唐紙越しに、「花魁、こなたの御都合でねえ、よござんすか」
「うるさいよッ」と、吉里も唐紙越しに睨んで、「人のことばッかし言わないで、自分も気をつけるがいいじゃアないか。ちッたアそこで燗番でもするがいいんさ。小万さんの働いておいでなのが見えないのか。自分がいやなら、誰かよこしとくがいいじゃアないか」
「はい、はい。どうもお気の毒さま」と、お熊は室外へ出た。
「本統に誰かよこしておくんなさいよ。お梅どんがどッかいるだろうから、来るように言ッておくんなさいよ」