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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

と、小万も上の間へ来ながら声をかけたが、お熊はもういないのか返辞がなかッた。

「あんないやな奴ッちゃアないよ。新造を何だと思ッてるんだろう。花魁に使われてる奉公人じゃアないか。あんまりぐずぐず言おうもんなら、御内所へ断わッてやるぞ。何だろう、奉公人のくせに」

「もういいじゃアないかね。新造衆なんか相手にしたッて、どうなるもんかね」

小万は上の間に来て平田の前に座ッた。

平田は待ちかねたという風情で、「小万さん、一杯献げようじゃアないかね」

「まアお熱燗いところを」と、小万は押えて平田へ酌をして、「平田さん、今晩は久しぶりで酔ッて見ようじゃありませんか」と、そッと吉里を見ながら言ッた。

「そうさ」と、平田はしばらく考え、ぐッと一息に飲み乾した猪口を小万にさし、「どうだい、酔ッてもいいかい」

「そうさなア。君まで僕を困らせるんじゃアないか」と、西宮は小万を見て笑いながら、「何だ、飲めもしないくせに。管を巻かれちゃア、旦那様がまたお困り遊ばさア」

「いつ私が管を巻いたことがあります」と、小万は仰山らしく西宮へ膝を向け、「さアお言いなさい。外聞の悪いことをお言いなさんなよ」