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えせものがたり
似而非物語
山本 周五郎
「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页
しかし老人の主張を聞く者はなかった。少なくともまじめに聞く者は一人もなかった。
「世間というものはなんと愚劣であるか」
老人は失望の独白をもらした。
「なんと愚劣で無智なものであるか、人間どもの救いがたい蒙昧、恥知らず、愚鈍、……だからこそわしは遁世したのだ、世の中にも人間にもあいそをつかしたればこそ、俗世をのがれて山中に隠れたのではないか、このわしの心境すらかれらにはわからぬ、ばか者ども、なんという哀れなばか者ども」
けれども老人は断念しなかった。半月ほどして、杢助が白山谷へ帰ってからも、大手門へ来ては自分の主張を述べたてた。
「先生はもう杉谷へお帰りになった」
「文句があるなら杉谷へいって、じかに先生に申上げたらいいだろう」
「わしはあんな者は問題にしない」
老人は云った。
「あんな杢助や白山谷の百姓どもや、つまらぬ修業者や草庵などは問題ではない、わしは天下が相手だ、わしは天下を相手に正邪をはっきりさせるのだ、わしは天下の蒙をひらいてやるのだ、いいか、よく聞けよばか者、わしはな……」
そして老人は自然木の杖を地面に突きたて、飽きずに同じことをどなるのであった。