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えせものがたり
似而非物語
山本 周五郎
「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页
谷川へおりてゆくこともあった。川の中の大岩の上へあがって、腹這いになって、流れる水や魚の泳ぐのを眺めている。ぼんやりといつまでも眺めている、いつまでも動かない。見ようによっては、なにか仔細がありそうに思える。
いつか弥市がそれを見た。弥市はこの村へまぎれ込んで来た孤児で、黒門の家の納屋を与えられ、村の家々の走り使いをしている少年だった。
――ぬしゃそこでなにしてるだね。
弥市は好奇心に駆られ、流れの側へ寄って来てそうきいた。杢助は身動きもしなかった。弥市はもういちどきいた。すると杢助はこっちを見もせずに答えた。
――見てるだよ。
弥市はうさん臭そうに、もっと近くへいって川の中を覗いてみた。水が流れていたし、水の中では藻草が揺れていた。藻草のない処には流れに研がれたまるい石ころが見えた。ときどき小さな魚がすばしこく走ったが、そのほかにこれと思わしい物はなにもなかった。そこでまた弥市がきいた。
――いってえなに見てるだえ。
杢助はじっとしていた。顎を支えた片方の手の、拇指だけが、思いだしたように拍子をとって動いた。それからやや暫くして、もう忘れたじぶんになってこう答えた。