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びぜんてんいちぼう

備前天一坊

江見 水蔭

「現代大衆文学全集」平凡社、1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,511 字 · 25 页

青空文庫

「ふむ――」

智慧出羽と云われた池田の名家老も、こう聴いてはハタと当惑せずにはいられなかった。

「それで御上にはなんと仰せあそばされた。御脇差を御直々に、侍女鶴江に御遣わしの御覚え、あらせられるか、あらせられぬか、何んと仰せあそばされた」

「どうも覚えは無い……との御言葉」

「ふむ、その御言葉は、濁っていたか。澄んでいたか」

「何ともそこは、拙者には……」

「いや、大事なところじゃ、構わず御身の見たままを云って見なされえ」

「憚りなく申上げますれば、平時の御上の御言葉とは少し御違いあるかに承わりました」

「それで、この事件を他の者には聴かさずと、この出羽に先ず相談せよと、こう御上は仰せられたのか」

「左様に御座りまする」

池田出羽は考えた。御定紋の付いた御守脇差を軽々しく侍女に、しかも内密で御遣わしになる訳がないけれども、事実に於てその脇差を金三郎の母鶴江が拝領していたとあるからには、なんと云ってもこれは御落胤だろう。いかな明君でもこの道ばかりは別な物と昔から相場は極っているのだから。

いや、これが事実なら確かに慶事で、正しく殿の御血筋。若君一人儲かったのだけれど、今は御正腹に、綱政、政言、輝録の三公達さえあるのだから、それにも実は及ばぬ次第。