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いりえのほとり
入江のほとり
正宗 白鳥
「太陽」1915(大正4)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,430 字 · 50 页
すぐには寝ないで、手紙を書いたり雑誌を読んだり、良吉が残して行った書物を手に取ったりしていた。やたらに吸っている煙草の煙は、襖の隙間から洩れでて、辰男の顔のあたりにも漂った。
階下が寝鎮まってからしばらくたって、栄一は部屋に漲った煙を外へ出して、灯火も消して寝床についた。平生眠つきの悪いのが癖なのに、堅い寝床が身体に馴染まなくてますます寝づらかった。
「辰はまだ寝ないのか。灯火が邪魔になっていけないな」
四年目で耳に触れた兄の声は、相変らず尖っていた。辰男はその声を聞くと同時に、ペンを筆筒に収めてインキ壺に蓋をした。ランプをも吹消した。
翌日は日曜なので、辰男は目醒めても容易に起上らないで、寝床の中で書物を読んでいた。お土産の栗饅頭を一つ母が枕許に置いて行ってくれた。風もないし、障子に差した朝日は春のように麗かだった。
栄一は早く起きて海岸を散歩してきたが、朝餐後に一時間ばかり読書すると、また外へ出ようとして階子段の方へ行きかけたが、ふと振返って、「辰。……山へ登ってみんか」と誘った。そして、二三歩辰男の居間へ踏みこんで、テーブルの上に目を据えた。