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いりえのほとり

入江のほとり

正宗 白鳥

「太陽」1915(大正4)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,430 字 · 50 页

青空文庫

「さあ」才次は父の言葉は空々しく受けて、「一軒の家の災難はどんなことで湧いてこんとも限らん。今夜にしても、もう十分遅う気がついたら取返しがつかなんだのじゃ」

皆なの言葉が止切れたところへ、時計が一時を打った。寒そうに風が音を立てている。父は手燭を点けて部屋部屋を見廻って自分の寝室へ入った。

勝代は焼跡の隣で眠るのが厭さに、いつまでも炬燵の側にて仮睡をしだした。兄二人が最後まで話に耽っていたが、そこへ辰男は忍足で下りてきて、便所へ行くが早いかすぐに階子段を上った。

「まだ起きとるんか」と、才次は声を掛けた。気にかかったので、手燭を点けて見に行ったが、辰男は焼跡の隅っこの畳に夜着を被って寝ていた。

「栄さんの室にいっしょに寝たらいいじゃないか」と柔しく説いたが、

「わしはここでええ」と言って、辰男は枕を直して目を閉じた。

闇の中に目を閉じていても、辰男は絶えず周囲の汚れた焼跡を頭に描き鼻で嗅いでいた。ぐちゃぐちゃになっている書物や帳面を日に乾さねばならぬと思ったり、何と何とが焼け失せたか検べてみなければならぬと思ったりしたが、このまま塵屑にしてしまいたい気もした。