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へいほうしゃ

兵法者

山本 周五郎

「新武道」1944(昭和19)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,184 字 · 16 页

青空文庫

、こういう弱点を克己の心で抑えることはできるだろう、だが抑えているのでは三年五年はともかく生涯はつづかない、……さむらいの生き方のきびしさは、きびしさが常のものになりきることだ、そうなってはじめて身命を捧げる一念が不動のものとなる……」そこまで云って光圀はしずかに炉の灰をかき均し、しばらくは雨音に聞きいるようすだった。いま光圀は――青年の頃から自分の命はその日かぎりと思いきわめていたと云った。幾右衛門はその言葉から、思い当る多くの事実を回想することができる。光圀は副将軍ともいわれる身分でありながら、生活ぶりはおどろくほど簡素をきわめていた。身のまわりの物すべて、式用のものを別として衣服も調度も寧ろ粗末な品が多く、常着などは幾たびも洗い、みずから糸針をもって継ぎはいだものを用いた。大日本史編纂のために、書籍だけは費を惜しまず購入したが、骨董器物には眼もくれず、また身辺に珍蔵秘玩の類を一物も置かなかった。たとえばひとから手簡が届くとその署名花押のところを切抜いて火中し、あとは裏を返して手帖を作ったり、余白を貼りついで料紙に使ったりする、紙をむだにしない意味もあるが、重要ならざる物を身のまわりに置かないという戒めが主であった。