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へいほうしゃ

兵法者

山本 周五郎

「新武道」1944(昭和19)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,184 字 · 16 页

青空文庫

かれはそれをひとすじの目標として生きて来た。したがって庭で光圀に答えた言葉は思いあがりではなく、確信を正直に述べたまでにすぎない。もし御しゅくんが自分を試みようとなさるのなら寧ろよろこんでその試みに応じよう、おそらくそれを機会に自分の用いられる時が来るであろう、かれはそう思ってゆだんなく勤めていた。……すると或る日、にわかに召されて伺候したかれが、襖の際に平伏した刹那、その襖が左右からすさまじい勢いでぴしりと閉められた。その蔭に若ざむらいが隠れていて、かれが敷居の上へ平伏するとたんに閉めたのである。しかしはげしい勢いで閉められた襖は、かれの頭を中心に一尺ばかりの空間を残してぴたりと停り、かれ自身はみゆるぎもせず平伏していた。側近にいた侍者たちはちょっと意表をつかれたようすだったが、光圀は微笑して、「よしよし、かくべつ用事ではない、ふと思いついたいたずらだ、もうさがってよいぞ」そう云って機嫌よく頷いた、かれは再拝して座をすべった。侍者たちはそのときはじめて、かれが敷居の上に鉄扇を置いていたのをみつけたのである、「さすがに……」そう囁きあうこえを耳にしながらかれは御前をさがった。