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わかれのじ
別れの辞
豊島 与志雄
「中央公論」1935(昭和10)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,330 字 · 37 页
皆が心では彼のことをとやかく考えていながら、口には出さなかったものらしい。
その夜、二時すぎ、宮崎は清子に揺り起された。電燈が一つついてるきりで、店の中は影深く、不気味に静まり返っていた。清子は総毛立った顔をして、震えていた。泊るのか帰るのかと聞いた。料理人と小僧とは隣家の二階に寝起きしていて、もうそちらに行ってるし、小女は眠ってるし、彼女は一人で困っていた。――実は酔いつぶれながらいい加減に指図をし、うとうととし、ふと眼を覚して、困ってるのだった。おけいは……さっき電話で、今晩帰らないと通じてきた。どうせ、長尾さんたちと一緒だもの……。それを宮崎はぼんやり聞き流して、土間の長卓の上の、カーネーションの花を見ていた。燈火と影との合間にあって、仄白く浮出して、ゆらいでるようだった。さし招く……そういう感じが胸にきて、立上ろうとしたが、よろけた。ぞっと寒くなった。清子の二つの眼が、ぽつりと、輝いていた。記憶の断層の中に落込んでいく……。親切な兄さん……そんな言葉を覚えていて? 覚えてる! 妙にしんみりと、涙ぐんで、そして二人は肩を抱き合った。彼女はあらゆるものにいやいやをして頭を振り、彼はじっと眼をつぶった。