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『りゅうせいがしゅうおよびげいじゅつかん』について
『劉生画集及芸術観』について
和辻 哲郎
「中央美術」1921(大正10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,678 字 · 10 页
自分は現代の画家中に岸田君ほど明らかな「成長」を示している人を知らない。誇張でなく岸田君は一作ごとにその美を深めて行く。ことにこの四、五年は我々を瞠目せしめるような突破を年ごとに見せている。そうしてこの成長、突破が年ごとに迫り行くところは、ただ偉大な古典的作品にのみ見られる無限の深さ、底知れぬ神秘感、崇高な気品、清朗な自由、荘重な落ちつきである。自分は正直に白状するが去年美術院の展覧会で初めてルノアルの原画を見たときにも、岸田君の不思議に美しい「毛糸肩掛せる麗子像」を見た時ほどは動かされなかった。
が、自分はここで岸田君の画を批評しようとするのではない。ただ、君の近著の『芸術観』について一、二の感想を語ろうとするのである。この論文集において岸田君は、優れたる画家であるとともにまた優れたる「思索家」であることを示した。その思索は君の画と同じく深い洞察に充たされ、君の画と同じく不思議な生を捕えている。もとより自分はここに説かれた「思想」が岸田君の画の根柢であるというのではない。岸田君の画の根柢は、君の語をかりて言えば、君自身の「内なる美」である。「精神」