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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

と書いてあった。二つ合わせると「あい」であった。「ハテ『あい』とはなんだろう?」思案せざるを得なかった。「これを漢字に当て嵌めると『鮎』ともなれば『哀』ともなる。『間』ともなれば『挨』ともなる。そうかと思うと『靉』ともなる。いずれ何かの暗号ではあろうが、さて何んの暗号だろう? そうしていったい何者が、こんな悪戯をするのだろう?」

考えてみれば気味が悪かった。とはいえ大剛の彼にとっては、恐怖の種とはなりそうもなかった。

それはとにかく、銀之丞は、駕籠の中に見た女の俤を、忘れることが出来なかった。

「女は確かに娘らしい。あの『主知らずの別荘」の、家族の一人に相違ない。それも決して女中などではなく、丑松の話したお嬢さんでもあろう」

女色に淡い彼ではあったが、不思議と心をそそられた。

二度目の暗号を渡された日の、その翌晩のことであったが、彼はフラリと宿を出ると、別荘の方へ足を向けた。それは月影の美しい晩で、そぞろあるきには持って来いであった。少しあるくと町の外れで、すぐに耕地となっていた。その耕地を左右に見て、一本の野良道を先へ進んだ。土橋を渡るともう荒野で、地層は荒々しい岩石であったが、これは海岸に近いからであった。