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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
まず有名な遊女屋としては、遊女七十人家人三十人、総勢百人と注されたところの、油屋というのを筆頭に、栄楽屋、大黒屋、小林屋、井筒屋、若葉屋、千歳屋など、軒を連ねて繁昌し、正木屋、小野屋、近江屋なども、随分名高いものであった。「追分女郎衆についだまされて縞の財布がからになる」「追分宿場は沼やら田やら行くに行かれぬ一足も」「浅間山から飛んで来る烏銭も持たずにカオカオと」
こういったような追分文句が、いまに残っているところから見ても、当時の全盛が思いやられよう。
同勢三千、人足五千、加賀の前田家は八千の人数で、ここを堂々と通って行った。年々通行の大名のうち、主なるものを挙げて見ると尾州大納言、紀州中納言、越前、薩摩、伊達、細川、黒田、毛利、鍋島家、池田、浅野、井伊、藤堂、阿波の蜂須賀、山内家、有馬、稲葉、立花家、中川、奥平、柳沢、大聖寺の前田等が最たるもので、お金御用の飛脚も行き、お茶壺、例幣使も通るとあっては、金の落ちるのは当然であろう。
さて、この時分この宿場に、甚三という馬子がいた。きだてはやさしく正直者で、世間の評判もよかったが、特にこの男を名高くしたのは、美音で唄う追分節が、何ともいえずうまかったことで、甚三の唄う追分節には、草木も靡くといわれていた。