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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
話の仲間へはいろうともしない。
商人はひょいと床の間を見たが、そこに置いてある小鼓へ、チラリと視線を走らせると、
「ははあ、あれでございますな。いつもお調べになる小鼓は」
感心したように声をはずませ、
「よい鼓でございますなあ」
寂しい寂しい別離の歌
すると銀之丞は顔を上げたが、「お前のような町人にも、鼓の善悪がわかるかな。いったいどこがよいと思うな?」ちょっと興味を感じたらしく、こうまじめにきいたものである。
すると商人は困ったように、小鬢のあたりへ手をやったが、「へいへい、いやもうとんでもないことで、どこがよいのかしこがよいのと、さようなことはわかりませんが、しかし名器と申しますものは、ただ一見致しましただけでも、いうにいわれぬ品位があり、このもしい物でございます」「何んだ詰まらない、それだけか」
銀之丞はまたもゴロリと寝た。そそられかかったわずかな興味も、商人の平凡な答えによって、忽ち冷めてしまったらしい。無感激の眼つきをして、ぼんやり天井を眺め出した。
「いえそればかりではございません」商人は一膝進めたが、「家内中評判でございます。いえもうこれは本当の事で」