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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

「何、評判? 何が評判だ?」「はいその旦那様のお鼓が」「盲目千人に何が判る」「そうおっしゃられればそれまでですが、一度お鼓が鳴り出しますと、三味線、太鼓、四つ竹までが、一時に音色をとめてしまって、それこそ家中呼吸を殺し、聞き惚れるのでございますよ」

「有難迷惑という奴さな。信州あたりの山猿に、江戸の鼓が何んでわかる」かえって銀之丞は不機嫌であった。

「町人町人、千三屋、その男にはさわらぬがよい」

見かねて造酒が取りなした。「その男は病人だ。狂犬病という奴でな、むやみに誰にでもくってかかる。アッハハハハ、困った病気だ。それよりどうだ碁でも囲もうか」「これは結構でございますな。ひとつお相手致しましょう」

そこで二人は碁を初めた。平手造酒も弱かったが商人も負けずに弱かった。下手同志の弱碁と来ては、興味津々たるものである。二人はすっかりむちゅうになった。

甚三甚内の兄弟の上へ、おさらばの日がやって来たのは、それから間もなくの事であった。その朝は靄が深かった。甚三の馬へ甚内が乗り、それを甚三が追いながら、追分の宿を旅立った。宿の人々はまだ覚めず家々の雨戸も鎖ざされていた。