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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
「ははあそれではお調べか?」「玻璃窓の平八お出張りござる」「鼠小僧がおりましょうぞ」「ううん」とこれには平八老人も、悲鳴を上げざるを得なかった。「八蔵八蔵!」と一閑斎は、下男部屋の方へ声をかけた。「急いで提灯へ火を入れて来い。そうしてお前も従いておいで。――それでは旦那出かけましょうかな。フ、フ、フ、フ、玻璃窓の旦那」
そこで皮肉な二老人は、庭の上へ下り立った。下男の提灯が先に立ち、続いて平八と一閑斎、裏木戸を押すと外へ出た。と広々とした一面の耕地で、隅田堤が長々と、雪を冠って横仆っていた。雪を踏み踏みその方角へ、三人の者は辿って行った。
堤へ上って見廻したが、なるほど死骸らしいものはない。血汐一滴零れていない。ただ無数の足跡ばかりが、雪に印されているばかりであった。「提灯を」と平八はいった。「……で、あらかじめ申して置きます。こればかりが手がかりでござる、足跡を消してくださるなよ」
八蔵から受け取った、提灯をズイと地面へさしつけると、彼は足跡を調べ出した。もう暢気な隠居ではない。元の名与力郡上平八で、シャンと姿勢もきまって来れば、提灯の光をまともに浴びて、キラキラ輝く眼の中にも、燃えるような活気が充ちていた。