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るそんのつぼ
呂宋の壺
久生 十蘭
「オール讀物」1957(昭和32)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,375 字 · 36 页
二十日の午後、俄雨があった。
難船してから、はじめての雨だった。吉之丞はあおのけに寝て、掌で受けをこしらえ、鼻のわきを流れるのも、顎から飛沫くのもいっしょくたに飲みこんだ。死んだとばかし思っていた、まわりのマレー人や安南人が、狂人のようにはね起き、空を仰いで飽くほど雨を飲んでいる。
モニカは雨水を帛に浸ませて菊丸の口の中へ絞りこみ、どこかに生きているしるしがないかと、じっと顔をながめていたが、もう生きかえる宛がないことがわかると、急にキッパリとした顔つきになり、菊丸の死体をひきずって行って、なんの未練もなく海へ捨てた。
雨は一時間ほどで降りやみ、眼眩くような天気になった。ふと見ると、帆柱の蔭になるところで、マレー人が片肱を立てて壺から水を飲んでいる。
「ほう」
雨があがれば、つぎの雨を待つしかないが、壺があれば、溢れるほど雨水をためて、好きなときに飲むことができる。それにしても、あの混雑のなかで、壺を抱えだすというのは抜目のないやつだと、マレー人のすることをながめているうちに、なんともつかぬ感動に身のうちを貫かれ、われともなくマレー人のそばへ這い寄った。