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くちびるそう

唇草

岡本 かの子

「週刊朝日」1937(昭和12)年8月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,002 字 · 14 页

青空文庫

彼はたまたま沈黙の中から、僅かに一度いったことがある。

「おれがどんな美事な新種の花を作ったからとて、それがいつまでも最上だというわけではなし、次の誰かがすぐその上の美事なものを作るにきまっている。

花はおれの一番好きなものだから作るようなものの、考えて見ればつまらない。といって、他におれが手を出し度いような仕事は世の中に何もなし――」

栖子はあんな堅い誓いの言葉やら、逞ましい情熱で自分を襲って、自分から処女も処女の豊かな夢をも奪い取って置きながら、三年たつか経たないうちに、自分の勝手な失望に耽溺する尾佐を無責任だと憎まないわけにはいかない。

けれども、現実的にも現実な世の中にこんな先の先まで掻い潜った無益な失望をしている人間があるであろうか。尾佐はあるいは非凡人とでもいう性格ではあるまいか。栖子は強いて尾佐を非凡人としていくらかの尊敬の念をも湧かしてみた。あるいはまた、それは自分という女に飽き、同棲というものに飽きた筋違いの不満の現わし方と見れば、見られぬこともないけれども、どうもその解釈だけでは解釈し切れない底の性格が、この尾佐にはあるらしくも栖子には思われた。