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あづまばし

問はずがたり・吾妻橋 他十六篇

永井 荷風

永井荷風『問はずがたり・吾妻橋 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:吾妻橋、浅草むかしばなし、亜米利加の思出、或夜、噂ばなし、買出し、心づくし、細雪妄評、出版屋惣まくり、にぎり飯、冬日の窓、墓畔の梅、羊羹、老人、渡鳥いつかへる。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,586 字 · 159 页

青空文庫

徳川幕府の有司は京伝を罰し、種彦春水の罪を糾弾したが、西行と芭蕉の書の汎く世に行われている事には更に注意するところがなかった。酷吏の眼光はサーチライトの如く鋭くなかったのだ。

西行は鎌倉幕府の将軍に謁見を許され銀製の猫を賜わるの光栄に浴したが、用なきものとしてこれを道に遊ぶ児童に与えて去った。今の世の学者詩人にして政府の与るものを無用となして道に捨てたなら、恐らく身の安全を保つことは出来まい。鎌倉時代は武断の世であっても今に比すればなお余裕があった。

芭蕉の声を聞いてその門に集ったものの中には武士も少くなかった。彼等は屡夜を徹して無用なる文字の遊戯に耽ったが、人の子を賊なうものとしてその会合は禁止せられずその門徒は解散せられず時勢と共に益盛になった。中央公論社や改造社の運命よりも遥に安全であった。

今日のわれわれよりして芭蕉の生涯を見ると、芭蕉はその文徳を慕って集り来る門弟に別れを惜しみながらも、一所に安住することが出来ず、終生※(「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2-88-38)旅の寂寞を追究して止まなかった。芭蕉が旅の目的は寂寞であって、これなくしては自然の美も詩興を呼ぶに足りなかったように思われる。