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あづまばし
問はずがたり・吾妻橋 他十六篇
永井 荷風
永井荷風『問はずがたり・吾妻橋 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:吾妻橋、浅草むかしばなし、亜米利加の思出、或夜、噂ばなし、買出し、心づくし、細雪妄評、出版屋惣まくり、にぎり飯、冬日の窓、墓畔の梅、羊羹、老人、渡鳥いつかへる。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,586 字 · 159 页
一直も花屋敷の裏にあった宴会茶屋だ。しかしその頃一番繁昌していたのは公園裏の鳥料理屋大金だろう。芸者の箱も入るし心持のいい風呂場もあった。震災前道路取ひろげの頃に閉店したらしい。千束町の通にあった平野と云う鳥料理屋も大金に劣らぬ家で、庭も座敷もわるくはなかった。震災後も繁昌していた。吉原帰りの御客が仲の町の芸者幇間を引連れて来るので朝早くから風呂が焚いてあった。公園内外の料理屋の上等な家はいずれもむかしから仲の町とは連絡がついていた。日本堤に平松。廓内に金子と云う料理屋があった。いずれも山谷の八百善や重箱と云う鰻屋などと並び称せられた処で、懐中のさむしい人達の行くところではない。その時分の遊び方は時勢と共に今では遠い昔のことになってしまった。日本堤の平松は明治三十五、六年頃には牛肉屋常盤となり、廓内の金子は明治四十年代には既に廃業していたらしい。
話は再び公園に戻る。弁天山鐘撞堂の近くに菅野という鳥料理屋があった。初は手軽で行き易い家であったが大正になってから芸者でもあげなくてはいけないような騒しい家になった。伝法院裏門前の天麩羅屋仲清も初は食事を重にした家であったが、これも震災頃には女中がお召の着物に厚化粧をしてお酌に出るようになってお客の種類がすっかり変ってしまった。