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よっかのあやめ

四日のあやめ

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,200 字 · 38 页

青空文庫

暗くしてある有明行燈の仄かな光りの中で、良人の仰向けに寝ている顔が見えた。正しく上を向いて、静かな寝息をたてていたが、千世が襖を閉めると寝息が止り、膝ですり寄ってゆくと(上を向いたまま)眼をあいた。千世は夜具へ手の届くところまで近より、良人の眼がこっちへ向くのを待った。

庇を打つ雨の音が、彼女の神経をかきたてるように響いた。寝間の中の空気は温かく、健康な良人の躯の匂いに染まっていた。十日以上も遠のいていた良人の匂いと、他のあらゆる物音を消して降りしきる雨の音とが、千世の神経をかきたて、胸ぐるしいほど激しく官能的な情緒に包みこんだ。

「あなた」と千世は云った。

主税介は黙っていた。

「わたくしお詫びを申上げたいんです」

「わかっている」

「お詫びを申上げて、堪忍して頂きたいんですの」

「もうそれは済んだことだ」と主税介は云った。

「でも怒っていらっしゃいますわ」

主税介は答えなかった。

「ねえ、怒っていらっしゃるのでしょう」

「その話はよそう」

「堪忍すると仰しゃって、ねえ、堪忍してやるって」

「堪忍しているよ」

感情のない、冷たい声であった。千世はのぼせあがったようになり、掛け夜具をはねると、いきなり寝床の中へ入って、良人の躯に抱きついた。