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なつのはな
夏の花・心願の国
原 民喜
原民喜『夏の花・心願の国』。同一底本的分册已合并为一书。收入:夏の花、苦しく美しき夏、秋日記、冬日記、美しき死の岸に、死のなかの風景、火の唇、壊滅の序曲、廃墟から、鎮魂歌、永遠のみどり。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 152,816 字 · 310 页
それは今、夏の夕暮の水蒸気を含んで鮮かに生動していた。その山に連なるほかの山々もいつもは仮睡の淡い姿しか示さないのに、今日はおそろしく精気に満ちていた。底知れない姿の中を雲がゆるゆると流れた。すると、今にも山々は揺れ動き、叫びあおうとするようであった。ふしぎな光景であった。ふと、この街をめぐる、或る大きなものの構図が、このとき正三の眼に描かれて来だした。……清冽な河川をいくつか乗越え、電車が市外に出てからも、正三の眼は窓の外の風景に喰入っていた。その沿線はむかし海水浴客で賑わったので、今も窓から吹込む風がふとなつかしい記憶のにおいを齎らしたりした。が、さきほどから正三をおどろかしている中国山脈の表情はなおも衰えなかった。暮れかかった空に山々はいよいよあざやかな緑を投出し、瀬戸内海の島影もくっきりと浮上った。波が、青い穏かな波が、無限の嵐にあおられて、今にも狂いまわりそうに想えた。
正三の眼には、いつも見馴れている日本地図が浮んだ。広袤はてしない太平洋のはてに、はじめ日本列島は小さな点々として映る。マリアナ基地を飛立ったB29の編隊が、雲の裏を縫って星のように流れてゆく。