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なつくさせんき

夏草戦記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页

青空文庫

「じゃ早く弁当を済ませるがいい、今日はこれから吉岡隊と交代だが道が長いからな」

新九郎は自分の場所へ戻って腰兵粮をひらいた。そしてかれが麦藁堆の蔭へ坐ると間もなく、吉岡隊の戸田源七という若者が来て、なにげないようすで、「よく晴れるな」と空を見あげながら云った。青々と晴れあがった空を、まぶしそうに眼を細めて見あげながら、けれどその眼はゆだんなくあたりの人の眼をうかがっている、「行軍には辛くなろうがひと雨ほしいものだ、こう晴れ続きでは堪らない」新九郎は口のなかの物をごくっとのんで、ほとんど聞きとれぬほどの声ですばやく云った。

「……なにごともない、そっちはどうだ」

「……なにごともない」と源七もすばやく答えた、「今日はおれのほうが尖隊だそうだ、なんだかそろそろ尻尾をつかめそうな気がする」

「なにかそんな緒口でもあるのか」

「まだなんとも云えないが」そう云って源七は指をぴっと鳴らした、「……しかし、とにかく近いうちにきっと……」

「慎重にやれ、しくじるとそれまでだぞ」

うんとうなずきながら、源七がそ知らぬ顔で元のほうへ去ってゆくと、新九郎はなにごともなかったように弁当をつづけた。