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なつくさせんき
夏草戦記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页
と云いながらこちらへ寄って来た、相良官兵衛だった。かれはがんどう提燈をさし向けながら「なんだ三瀬か」と云った。
「そのほう今夜が立番に当るのか」
「はい急病人が出ましたそうで代役を仰せつかりました」
「それはご苦労だな、しっかりたのむぞ」
そう云って官兵衛はゆこうとしたが、ふとなにか思いだしたというようにふり返った、そしてめずらしくうちとけた調子で云った。
「そのほうの勤めぶりはおれがよくみている、人のいるところで云えることではないが、折があったら身の立つように推挙するつもりだ、白石へ着くまでの辛抱だと思ってもうしばらくがんばってくれ、わかったな」
新九郎は黙っていた、そういう言葉には答えようがなかったのである。官兵衛はなおなにか云いたげだったが、ひょいと片手を振ってそのまま向うへたち去ってしまった。……なぜあんなことを云うのだろう、新九郎は元の位置へ戻りながらそう呟いた、つい先日は部将の小谷弥兵衛から自分の下へ来ないかと云われたし、今また副将の相良官兵衛からそういう特別な言葉をかけられる、自分では決してそんな勤めぶりはしないつもりだった、ぬきんでて上役の眼につくような勤めは偽りである、そう信じて日常を慎んできたのに、二人からおなじような贔負を受けるのは心外だった。