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なつくさせんき

夏草戦記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页

青空文庫

それで、うん、もういっちまったよ」

「兄やん」その弟とみえる幼い子が云った、「家へ泊ったえらい人はお寺さまへも銭をくれていったじゃないか、兄やんにくれたよりもどっさりさ」

「おまえ知らないんだ、あれはくれたんじゃないんだよ」

「くれたんじゃねえ」そばにいたべつの子が舌たるい調子で説明した、「お寺さんへはくれたんじゃねえよ、あれは死んだおさむらいの墓の……お墓の……なあみんな」

「そうだお墓のあれだよ、お墓の、おとむらいの銭だよ、父うがそ云ってたから」

なにげなく聞いていた娘はそこではっとしたようだった、「死んだおさむらいとはどうしたのか、病気で亡くなったのか」そうせきこんでたずねた。子供たちはよく知らないとみえて、娘のせきこんだ問いには誰もはっきりとは答えられなかった。

「どうしてだか知らないよ、朝はやく大勢のおさむらいが集ってた、そしてそのあとでみたら墓ができてたんだ、誰も知りやしない、そしてみんないっちまったんだよ」

「その墓はそこに見えてるよ」

そう云ってひとりの女の子が道の左がわを指さした。そこは桑畑にはさまれて、かなり広く夏草の生い繁った原になっている、道から五十歩ばかりはいった原のなかに、ひとところ土が掘り返されて、新墓と思えるものができていた。