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よるのちょう

夜の蝶

山本 周五郎

「家の光」1954(昭和29)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,345 字 · 21 页

青空文庫

「がきを外へ伴れてゆけ」と老人がまたどなった。「うるさくってしようがねえ、うるせえぞ」

「ほらみなさい坊や、よそのおじさんに怒られるじゃないの」女はおろおろと云った。「どうしてそんなに泣くの、泣かないでって云ったら、ねえ、どうしたの」女は腕の中を覗きこんだ。「どうしたのよ坊や。おっぱいが欲しいの。おなかがすいたのね。そうなの、おなかがすいてたのね。おうよしよし、可哀そうに、そうだったの」

「うるせえぞ」と老人がどなった。「どっかへ伴れてけ、そのがき、泣かせるな」

六兵衛が笑いだし、竹造と勇吉も笑った。

女は腰掛に掛け、衿をぐっとひろげて、左の乳房を出した。三人は笑いやめて、さりげなく眩しそうにそれを眺めた。仄かな行燈の光りの中で、彼女の胸のなめらかな白さと、乳暈の鴇色をした豊かな張りきった乳房とが、どきっとするほど嬌めかしく色めいてみえた。

「さあ、おっぱいよ。坊や、噛まないでね」女は右の手で重そうに乳房を支え、飲みよくしてやるように胸を反らせた。「あらあら、そんなに飲みたかったの、悪い母ちゃんね。いいから好きなだけおあがり。よしよし、よしよし」

旅装の客は、それを眼の隅で見ていた。